2015年1月28日水曜日

新しい留学生

 正月が終わり、また新しい留学生がやってきた。今度はNYから来た。アメリカ人の女の子のエミリーだ。
 シンガポール人の留学生が帰ってしまうので、ラオポーは中国語で喋る相手がいなくなると文句を言っている。が、中国人が嫌とか色々注文をつけたのはラオポーであり、その注文の結果エミリーが選ばれたんだと思う。
 共通言語が日本語しかないので、お互いコミュニケーションが取れないと思っていたが、そうでもなかった。
 拙い日本語で毎日何時間も喋ってるらしい。こないだは二人で近所のラオポーお気に入りのうどん屋に行ったみたいだ。
 そこは昼間しかやってない、地元の人間しかいかない小さなうどん屋だ。美味いのでたまに私も行くのだが。そしてラオポーは一人でもちょくちょく行ってたみたいだ。
 そして今回、エミリーを連れて行った。恐らく外国人(白人)が店に来たのは初めてだんだろう。ラオポー曰く、店に入った瞬間店員のオバサンたちに緊張が走ったのがわかったという。
 最後には店長、オバサン全員揃って、店の外にでてきたという。

2015年1月7日水曜日

親戚の子どもたち

 親戚が遊びに来た!!私には血縁関係にある叔母が二人。従兄弟が5人いる。従兄弟同士かなり仲がよく、兄弟の様と言っても差支えはない。
 そのうち一人は二度結婚しており、前妻のも含め子供が三人いる。そのうち二人の兄弟が遊びに来た。年は3歳と6歳くらいだ。
 私以外のこの世の誰も知らないが、私は子供好きだ。車でぐっすり寝ていて、寝起きで不機嫌というので、遊んでやることにした。ゲームやるか?というと食いついてきた。といっても私の家のPS3には子供に不適切な表現のゲームしかないのだが、従兄弟は気にしない。Far Cry3をやらせてやったら大喜びだった。
 私の親戚は私も含め、ブルーカラーの低学歴ばかりだ。従兄弟の嫁も所謂ヤンママ的な感じだ。といってもそれなりにちゃんとしてて、明るい良い娘なので私は好意的な印象を持っている。
 私がみかんを剥いて、下の子に半分やると、みかんが好きだったようで大喜びだ。私はじゃいっぱいあるから腹減ったら喰えと両方のポケットにみかんを突っ込んでやった。するとさらに大喜びだ。嫁がちゃんと馳夫君にありがとうしようねぇと言った。君?と思ったが、オジサンと呼ぶのを気を使って避けたんだろうと対して気にしなかった。まぁジャニーズの習慣みたい、とは思ったが。
 だが、私以外に凄く気にしている人間がいた。ラオポーと私の母である。
 それは次に日に分かった。私が仕事から帰きて食事の時に、母がその話題を切り出した。子供に私を君付けで呼ばせるなんて、ちょっと常識がないというような事だ。するとラオポーがすぐに同意した。
 ラオポーも「君」の意味が分かる程度には日本語が成長していたらしく、そのことを夜ずっと台湾の日本語が得意な友達と語り合っていたという、そのせいで気になって眠れなかったと言っている。

年越し

 ラオポーにとって日本で過ごす二度目の年越し。定住してからは初めてだが。以前年越しに遊びに来たことがある。  夜は家族ですき焼き。義理の弟の家族から御歳暮の松阪牛だ。ラオポーはご満悦だ。  その後は、紅白歌合戦。私は生まれてこの方、紅白歌合戦を10分以上観たことがない。あの司会進行の寒さが恥ずかしすぎて見てられないのだ。どうせ次の日は仕事で5時起きなので、九時くらいには眠った。  ラオポーは紅白歌合戦を観たあと、父と近所の神社に初詣に行った。もう私は完全に寝ていたが。

2014年12月28日日曜日

年末

 12月には入り、日本語教室はすべて終了。再開は年明け後だ。つまりラオポーは何もやることがない。
 授業がなくても、教科書を見て毎日勉強すればいいんだが、全く勉強をしていない。
 ラオポーはもともと勉強する習慣がないプラス地味な勉強が嫌いなタイプだ。だが言語の勉強はド地味な勉強方法が一番効果がある。本当に百回くらいそのことをラオポーに説明して納得させたが、ダメだ。
 たまに怒って、勉強させても3日も続かない。日本語が喋れるようにはならないだろう。困った。
 久しぶりに友達と会うことになり、出かけるとラオポーに伝えた。何時に帰ってくるかというので、5時か6時だと答えた。
 すると3時に帰って来いという。馬鹿かと。小学生でもそんな時間に帰って来いと言われなかった。
 なんでそんなに早く帰って来ないといけなんだと聞くと、明日も仕事があるしという。6時に帰ってきても明日の仕事には影響はない。
 アホかと結局、五時過ぎに帰った。

2014年12月19日金曜日

 台湾では基本的には雪は降らない。(降るには降るが富士山より高い山の上だけだ。)だからラオポーは―といより台湾人一般は―雪を見ると大興奮だ。  そして、昨日の記録的な大雪だ。降りだすとちょこちょこ外を見て雪だ、雪だと大騒ぎ。  私は今、雪が降るとものすごく困る仕事なので、降れば降るほど私のテンションは下がる。  何でテンションが低いの-!!と騒ぎが止まらない。  そして朝、目覚めると銀世界。たまたま会社が休みの日だったので助かったが、出勤日だったらと思うとゾッとする。  すぐにラオポーを起こしてやる。外を見ると大騒ぎだが、朝は弱いのですぐに寝てしまう。三時間後にやっと起き、雪だるまを作ると息巻いている。しょうがないので近くを散歩。ちょうど良い空き地があった。ラオポーは雪にダイビング。  そこで雪だるまを作ることにした。よーしとラオポーは雪を掴んでは積み重ねていく。当たり前だが雪を転がして作るということを知らない。とりあえず作り方を教えてやると、楽しそうに雪だるまを作っていた。

 

2014年12月13日土曜日

鉄板ネタ

 外人にうける鉄板ネタは、クリスマスにフライドチキンを喰うと教えてやればいい。最初、きょとんと何でと聞かれて七面鳥を喰う代わりだと答えると、大爆笑まちがいなし、だ。
 もう一つは日本にも共産党があるというと、これもうける。
 ラオポーもニュースを日本語がわからないなりにもニュースを見る。選挙のニュースで共産党の話題がどうのこうの出てきた。
 するとラオポーが「えっ!共産党?あの共産党?」と聞く。中国の共産党そのものではないが、一応共産主義者の党だ、と答えた。
 そして共産党の議員がいると知ると、誰が投票するんだと私に聞く。
 私は知らないと答えた。
 

2014年12月4日木曜日

授業参観

 新しい仕事が始まるまで少し間がある。そこでラオポーの通ってる日本語教室を見に行くことにした。
 そこはボランティアが運営す団体で、ボランティアの先生が外国人に日本語を教えている。普通の日本語学校の授業料は半年で数十万円とかだ。出稼ぎに来てるような連中には払える金額ではない。それでこんなほとんどタダの日本語教室ってのが結構そこら中にある。ラオポーは3つの教室に通っている。
 どんなもんかラオポーを送ってやるついでに見に行ってみることした。 そこは名古屋市が管理している施設の部屋を借りて毎週、日本語教室をやってる。
 行ってみるとワンフロア貸しきりで、10人位のグループに別れそこらじゅうで授業をしている。軽く100人以上はいるようだ。
 私とラオポーは遅れて行ったので、10分ほど遅刻だ。私はラオポーを教室の入口まで見送った。その後は廊下から覗くように見学させてもらった。
 すると教室の入口にいた、中東系の若い男が私が気になるようで私をチラチラ観ている。多分彼がラオポーにLINEで大好き♡とメッセージを送ってきたトルコ人だろう。
 まぁなんてことはないので無視しておいた。
 授業のレベルはボランティアなので文句は言えないだろうといったレベルだった。まぁ語学の勉強なんて最後は自分の努力次第だ。

新しい仕事

 台湾から帰ってきて仕事を探し始めた頃は寒かったのに、いつの間にか桜が咲き、暑くなり、気がついたらまた寒くなり始めたが、まだ仕事を探していた。
 完全にこんなはずじゃなかったという、笑うに笑えない状態を通り越して、笑っちまうような状態だったが、やっとまともな仕事が見つかった。
 コンビニの配達ドライバーの仕事だ。給料やら労働条件は悪くない。東京にいた時にでかい会社で働いていたが、モンスター上司的なのに当たり酷いストレスだった。まだ働らきはじめてないので、詳しいことは分からないが、人とも関わらないからストレスは少なそうだ。
 色々と考えるとここへ流れつくように、今年の私に起きたことは、流れていたような気がする。タイミングの違いから、しょっぱなタイミング良く紹介された会社に就職することはなく、その後面接を受けまくるが一向に仕事は決まらない。
 金が尽きて土方をやり始める。行った先の現場で4tトラックを運転するハメになる。私は大型免許を持ってるが、もう10年はトラックどころかミッションの車を運転してない。
 エンストしまくり、そこら中ぶつけまくるが、二ヶ月もすると普通にミッションのトラックの運転を思い出した。そして職探しの幅を広げることが出来た。
 職場は名古屋市郊外のクソド田舎にあり、公共交通機関などない。通うために中古のスーパーカブ50を買った。14年前の製造で外見は汚いが2000キロ程度しか走ってない。
 それにダックテールのヘルメットもかった。そして防寒着にM65フィールドジャケットも。
 部隊にいた時に、自衛隊もこのM65フィールドジャケットを元にした防寒着を採用していて、冬はいつも着ていた、いつもだ。名古屋の寒さくらいなら防いでくれるだろう。
 こいつを着て、カブに乗って毎日10キロの道を通勤する。30分程度で家に帰れるのは悪くない。

2014年11月29日土曜日

餃子

 仕事の面接に行った帰り、何故かついてきたラオポーが腹が減ったとうので、家の近所に喰いに行くことにする。
 どこにいこうかと迷っていると、餃子の看板が目に入る。この辺りで有名な餃子専門店だ。行ったことないからちょうどいいと思い入る。
 平日の昼時、客はほぼ満員、レジの近くには有名人のサインが何枚かはられている。誰のかは分からないが、何枚かは中日の選手のようだ。なるほどウマそうな店のサインがいくつかある、悪くない。
 ラオポーがメニューがよくわからないというので、私は餃子定食を2つ頼んだ。
 この店は餃子50個(女だったら40個)を30分以内に食べれられたら無料というのやってる。壁には成功者の写真がズラリ。ラオポーは美味かったら今度来て挑戦すると、大乗り気だ。
 そして餃子やって来た。不味い、酷く不味い。
 ラオポーはほとんど食べず、私が不味い餃子をほとんど食べるハメになる。
 帰り道、せっかくのデートだったのに不味い餃子にめちゃくちゃにされたと、ラオポーは泣きだした。

紅葉狩り

 紅葉。ラオポーにとって桜と匹敵するくらい重要なイベントだ。
 台湾にも紅葉はあるが、山奥に行かないと見れないし、日本ほど綺麗ではないらしい。
 それで秋になってからずっと紅葉紅葉と騒いでいる。名古屋で紅葉を見に行くといえば香嵐渓だ。朝っぱらから豊田市に車を走らせる。
 大渋滞。一時間ほど余計に時間がかかるが到着。人だらけ。うんざり。
 私は元来、紅葉をわざわざ見に行ったことがない。無論綺麗だと思うが、さっと見れば気が済む。ラオポーは写真を撮りまくって「綺麗ねぇ~」を連発してる。私があまりにもさっさと歩いて行くので、途中でキレられる。
 昼過ぎくらいまで香嵐渓で過ごす、もう一箇所観たいというので、白鳥庭園に連れて行くことにする。ライトアップもしているのでちょうどいいだろう。
 私も白鳥庭園は初めてだったが、美しい場所だった。勿論ラオポーのテンションはマックス。私も何枚か写真を撮った。

2014年11月26日水曜日

石油ストーブではしゃぐ

 私とラオポーが実家に帰ってきたから、暖房器具が足りなくなった。
 親父が自分の部屋のファンヒーターをくれたが、それも悪いので暖房器具を買うことにした。
 東京で一人で暮らしていた時に、ある時期どうしても石油ストーブが欲しかったが、当時石油を買いに行く手段が徒歩しか無かったので、諦めたことがある。そういえばその頃は震災のすぐ後で、輪番停電を連続で喰らって、5時間以上布団でくるまっている日々だった。いっちょ石油ストーブかってやろうじゃないか。
 台湾育ちのラオポーは石油ストーブどころか暖房器具一般に馴染みがない。まぁ台湾の冬もそれなりに寒いので、電気ヒーター的なものは売られているには売られているが、一般的に暖房器具がない家庭のほうが圧倒的に多い。石油ストーブも売られているには売られているが、日系の高級デパートにあるくらいだ。
 近所のリサイクルショップにラオポーと出かける。品揃えをみる限り完全に出遅れたようだ。暖房器具のコーナーに置かれているのはほとんどが、ガスヒーターだ。だが一台だけ石油ストーブがあった。四年ほど前の型だが、かなりきれいな状態だ。値札には6000円。悪くない。
 ラオポーは暖房器具に対し全く知識がないので、矢継ぎ早に頓珍漢な質問を浴びせてくる。私はNexus7で石油ストーブをどうやって使うのかを画像で見せてやる。焼き芋が作れて、電気代が掛からないというと、ラオポーは即決。石油ストーブを買う。
 久しぶりに灯油を買い、石油ストーブに火を入れる。懐かしい匂いと音。しばらくすると、あの暖かさ。最後に石油ストーブを使ったのはいつだ?まだ部隊にいた時だ。クソッタレ、懐かしい。
 ラオポーは早速、芋を銀紙で包んでいる。焼きあがると写真を撮りまくってFBに上げる。生まれて初めての石油ストーブにはしゃぐ。
 それを見ていた親父がわざわざ向かいのコンビニまで、餅と網を買いに行き餅も焼いてみろとけしかけている。
 だが結局、餅は焼かずに、FBのフレンドにみかんを焼いてみろと言われ、みかんを焼いている。
 そうやって食べる地方もあるらしい。湯気の出るみかんを食べると、大昔に食べてことがある気がする。いつだろうか。
 

2014年11月19日水曜日

 今日、ラオポーは近所のカフェでコーヒーを飲んで、午後は一人でイオン巡り。
 なぜかえびせんべいを買って帰ってきた。
 私は相変わらず仕事が決まらず、日雇いの土木作業で、倦んでいる。あがいている。いつの間にか、もう冬だ。
 今までの人生で最悪の状況だ、だがラオポーは文句も言わず、気軽に暮らしている。それだけが今の生活で救いだ。

2014年11月14日金曜日

ラオポーがずっと「だめよーだめよーだめだめよー」とずっと言っている。
どこで覚えたんだか。
亜流とはいえまともにテレビをみない外国人にまで広まっているのだから、この流行はほんものかもしれない。

トルコ人

相変わらずトルコ人はラオポーを口説いてるらしい。
犬山に紅葉を見に行こうと必死に誘ってる。二人きりで。
なんかしてやろうか。

2014年11月3日月曜日

トルコ人

 家に帰るとラオポーが秘密の話を聞きたい?ときた。この秘密の話はラオポーの口癖で、とくに意味は無い。10回中9回は他愛もない話だ。
 興味がない素振りだと、また、うるさい。かと言って聞いても他愛もない話なのだが、まぁとにかく最後には興味がある素振りで聞くしかない。
 ラオポーの話は所謂”女の話”そのもののだ。あっちこっちに飛んで、話さなくていいことを話し、論点がずれ、長々と話した後、結末がない。
 今回の秘密の話もそうだった。
 今日、日本語教室のクラスメイトたちと飯を食いに行った。ラオポーと中国人の女二人(29才と37才)全員既婚者だ。 それに西アフリカ人の男とトルコ人の男19才。
 飯を西アフリカ人の男がおごると言い出してどうのこうのという完全に不要なクダリが終わり、話は一応核心部分へ。トルコ人に年齢を聞かれ三人が答えたが、ラオポーが31才と言っても信じないらしい。あまりにも信じないので身分証明証を見せてやっと納得したらしい。トルコ人は自分と同じ位の年代だと思っていたらしい。
 まぁなんの秘密の要素もない話で、ラオポーは大分若く見えるのでこんなエピソードは事欠かない。どこが秘密の話なんだと聞くと、10代に見られたことだという。
 それはそうと、それからトルコ人はラオポーをかなり気に入った様子で、飯食った後にFacebookに載せるので写真を一緒に撮らせてくれとか色々やり取りがあったようだ。そのあとFacebookで友達同士になったみたいだ。
 その夜にはFacebookのメッセージで『大好き♡』とメッセージが送られてきたと言っていた。なかなかの敢闘精神ではないか。
 ラオポーはそのメッセージはガン無視したようだ。
 だが教室で会うたびに、話しかけてくるみたいだ。ある日にはジャッキー・チェンが好きなんだと話すので、夫がジャッキー・チェンが大好きだと答えたら、トルコ人は意気消沈、黙ってしまったようだ。

面接

 面接に行く。ラオポーもついてくる。場所が大須という名古屋の有名な商店街の近くなので、私が面接している間、適当にまって店を回ってまってるつもりらしい。
 中国語が喋れる人歓迎と書いてあったが、面接の前に、面接者全員中国語の作文を書かされた。どうやら必須だったようだ。
 私を含めて四人の面接者がいたのだが、そのうちの一人が台湾人だった。私は待ち時間に彼に話しかけてみた。私の女房も台湾人だと、と。
 すると適当に話が弾み、ラオポーに名古屋に住んでる何人かの台湾人の友達を紹介していくれることになった。
 これで面接に落ちても来たかいがあった。

ベッド

 母がラオポーを近くのリサイクルショップに連れて行ったらしい。今現在わたしたちが暮らしてる部屋には家具が足りてない。足りてない。
 一番はタンスだ。とりあえずホームセンターでかったひとつ500円のボックスに服を放り込んでる。
 二番はベッド。今は布団で寝てるが、やはり台湾人には布団で寝る習慣がない。ベッドがないなど耐えられないらしい。
 それでリサイクルショップでベッドを見てから、ラオポーの頭はベッド一色だ。
 休日にラオポーと母とわたしとでリサイクルショップ巡り。丸一日ベッドを見て過ごす。ホームセンターによった時には、木を購入して自分たちでつくろうとまで言い出した。完全に、クソッタレ、完全に迷走している。
 その日はとりあえず何も帰らず帰った。
 次の日、家に帰ると、ラオポーがメジャーをもって部屋をウロウロ。私に一日中ベッドの事を考えていたと言う。
 ネットで色々な家具店のサイトを調べ一日じゅう過ごしていたらしい。
 私もラオポーに言われネットで永遠とベッドの値段を調べる。が、結局リサイクルショップで買ったほうがやはり、一番マシだという結論にたどり着く。
 次の日、リサイクルショップにベッドを買いにいく。セミダブルベッドとそこそこでかいタンスを買う。合計で5万くらい。一見中古には見えないので、悪くない買い物だった。これでベッド問題は解決だ。

2014年10月19日日曜日

歯医者

 二回目の歯医者。母親に歯医者にラオポーの状況を伝えてもらう。
 ラオポーの話によると、医者はブツブツ、知らない、とか分からないと言いながら治療をしていたらしい。医者が怒っていたのでかなり雑に治療されたと、ラオポーは怒ってる。
 面倒くさい。

歯医者

 家に帰ってくるとラオポーが母と歯医者に行ってきたと報告。週明けにいくと行っていたので、土日に母親にラオポーの歯の状態を詳しく教えておくつもりだったのだが、行ってしまったらしい。
 ラオポーの話を聞くと案の定、問題発生だ。
 ラオポーは台湾で歯の神経を抜いた。その後、まだ処置が残っていたのだが、ラオポーは歯医者が怖くなり、行くのをやめてしまい、治療が途中で止まってしまった。
 日本に来る直前、それを思い出し、続きの治療にいったのだが、医者のスケジュールがいっぱいで治療してもらえなかった。ずっと処置をしなかったので細菌がたまっているから日本に行って、根管治療をするようにと台湾の医者から言われていた。
 今回、それを伝えきれず、医者はレントゲンを撮って問題ないから、このまま塞ぐことになったらしい。
 週明けに行く予定をなぜ、急に変えたのかと、ラオポーと喧嘩になる。くだらない事だが、なんだかんだと大喧嘩に発展、酷く疲れた。
 とりあえず、次行く時に母親にまた最近の事と治療の途中であることをキッチリ伝えてもらうことになった。